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がらくたにっき |

三島由紀夫『金閣寺』

新潮社
発売日 :

基本的にエンタメ系の本ばかり読んで、文学作品ってあまり読んだことないよな~ということから、三島由紀夫を読んでみようと思い立った。
なんとなく三島由紀夫って、背が低いのがコンプレックスでボディビルディングにはまったというエピソードが、うげ…となってしまって(三島由紀夫ファン、申し訳ない)手を出していなかったけれど、食わず嫌いはいけないよな…という思いから。
とりあえずとても有名な『金閣寺』を読んでみた。

文章はさすがと言ったら上から目線になるけど素晴らしい。
が…気持ち悪さがどことなく漂うよ!!!
すごく歪んでいながらプライド高そうな感じとか、屈折具合が厨ニ病っぽいというか…

話も、エンディングがちょっと気に入らなかった。
勝手に、芥川龍之介の『地獄変』みたいなのをイメージしていたから、見届けないんかい!ってなったし。そこにポイントがあるんだろうけど。

と、三島由紀夫ファン、果ては文学作品ファンに罵声を浴びせられそうな感想になったけれども、
健全な心を持った凡人には、理解し難い本でした…

以下、簡単なあらすじと、素敵だなと思った文章;

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Category : 小説:近代
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奥泉光『雪の階』








手に取ってみたら結構な厚さだなと思ったけれども、
読み始めたらめちゃくちゃ面白くて、わりとぐいぐい終盤まで読めました。





この分厚さは物語が長い、というよりも、描写が細かいから。
結構なページが進んでいるはずなのに、あまり物語が進んでいない感はざら。
でもこの描写の細かさがツボにはまってしまって、とても表現の海に気持ちよく漂っている感がありました。





いくつか好きだった表現を挙げてみると





(一般人が華族の中に紛れ込んでしまった時の居心地の悪さを表現した文章)

 球体のなかに一つだけ紛れ込んだ多面体。球体と多面体が一個ずつならば、うまく結びつくことがあるだろう。むしろ強く惹かれ合うことだってあるかもしれぬ。だが、多面体が多数の球体のなかに置かれたらどうか。球体同士は滑らかに触れ合い、接点を共有する。しかしごつごつと周囲にぶつかって窮屈を強いられる多面体は、なんとか居場所を得ようと、ときに縮こまり、あるいは逆に角を尖らせる。

p59




(惟浩は惟佐子の異母弟)

 正しかった。これ以上に正しく、急所を衝いた言葉はなかった。これが真理というものだ。惟浩は知った。羞恥も癇癪も遅疑も一掃されて、清爽な風の吹く場所に立ったかのごとき心地を覚え、今度こそ笑いなら、いまこの瞬間に、自分は子供から大人に脱皮したと信じた。同時に、子どものときから繰り返し聞かされてきた、連綿する貴族の血、それが身内に湧き出すのを感じた。眼の前にいるのはたしかに血の繋がった姉であった。紛れもない肉親であった。おそらくこれからの人生、海兵受験のごとき些細な問題(といまや思えた)ではなく、より重大な危機に直面したとき、姉は血中に溶け込んだ智慧の薬剤を惜しみなく自分い与えてくれるだろうと、惟浩が頼もしく仰ぎ見れば、五つ年上の異母姉は、不安定な椅子の上で、美濃焼の茶碗を両掌で包み込むようにしてミルクココアを飲んでいる。

p121-122




冗長とも捉えられそうな長々とした説明なのだけれども、登場人物の心理が克明に伝わってきて、その人たちへの感情移入がしやすかったかと。





が…





ちょっと残念なんだけれども、終盤になると感情移入がしにくくなった気が…
特に終わりも、こんなに長く引っぱっときながら、この結末かー--…と、納得いかないというほどではないけれど、若干のもやもやが残る。。





特にスピリチャルな話が出た時には、今までのテイストが違ってついていけなかったです。
結局そこのディテールはあまり本筋に関係ないので、さらっと読み流してよかったのかもしれないけれども、というか書き方もさらって欲しかったかな…戸惑いすぎて、読むのが失速してしまい、前半読んだ時の、気分が高揚している中で結末が読めなかったというのが残念かな。





と、文句はこれくらいにして、以下簡単なあらすじです。
ちょっとミステリー仕立てになっている本なので、ネタバレに注意です。










主人公は伯爵家の娘、惟佐子。
ある時、友人の宇田川寿子と一緒に行こうと言っていたコンサートに寿子が来ず、不審に思う。
その後、宇田川家に連絡してみても、家人たちは急遽倉敷に行ったと言って埒があかない。





寿子と連絡が取れずやきもきしている惟佐子のもとに寿子から葉書が来る。そこにはコンサートに突然いけなくなってしまったことを侘び、帰ったら事情を話すといったことが書かれていた。
消印を見ると仙台から出したことになっており、家人が言っていた倉敷と違った。





嫌な予感がしていると、富士の樹海にて、久慈中尉と二人で死体で見つかる。その状況から心中と考えられスキャンダルになったのだ。
久慈中尉というのは、寿子が通う教会に、華族である槇岡中尉に連れられてやってきた一般の家庭出身の軍人だった。その時は華族に反発心があるように感じていたし、寿子は久慈中尉と恋仲になりそうな予感もなかったので、惟佐子はこの組み合わせを不思議に感じる。





貴族の子供は、小さい頃に「おあいてさん」と呼ばれる遊び相手がつけられる。
惟佐子には牧村千代子があてがわれていた。
大きくなりあまり会わなくなったのだが、あまり自由のきかない惟佐子は千代子に寿子の調査に協力してもらうことにする。





千代子は、記者である蔵原誠司とともに、寿子がなぜ仙台に行き、それから樹海で命を絶ったのか、その足取りをたどることになる。
そうすると、仙台ではなく日光に行ったことが分かってくる。





と調査はなかなかゆったりと、その間に惟佐子の婚約の話やら何やらが出てきたりする。
その中で、どうやら寿子の死の後ろには、紅玉院というお寺と、それを中心にした組織が絡んでいそうなことが分かってきて、そこには槇岡中尉が深く関わり、更に惟佐子の兄、惟秀も関わっているのではないかというのが見えてくる。





結論としては…





まず槇岡中尉から告白の手紙が来る。
いわく、久慈中尉はあの教会での出会いで寿子に一目ぼれし、同僚である槇岡中尉に取り持って欲しいと言ってきた。が、寿子が好きだったのは槇岡中尉で、それに槇岡中尉も気付き、ひそかに好意を持ちつつも、自分に許嫁がいたので積極的に動くことができていなかった。
しかし久慈中尉の依頼により、槇岡中尉は惜しくなり、寿子と急激に仲良くなってひそかに恋仲になる。





そんな折に寿子は妊娠する。
慌てた槇岡中尉は、昔から懇意にしている紅玉院に相談する。
紅玉院の勧めの通り、寿子を連れて紅玉院に行き、紅玉院の話を聞いた寿子は堕胎することを了承する。
場所を変え堕胎処置をしようとしたところ、寿子は青酸カリを飲んで自殺してしまう。
周りの人の助言もあり、寿子の遺体を乗せて、槇岡家の別荘がある青木ヶ原に車で行く。





そして久慈中尉がその別荘に姿を現わすのだ。
いわく寿子の跡をつけてきたものの、寿子の姿だけがなくなったので不審に思ったようなのだ。
槇岡中尉は洗いざらい話し久慈中尉に許しを求めたところ、久慈中尉は持っていた拳銃で自殺する。
また周囲の勧めで、寿子との心中に仕立て上げたというのだ。





ところが、この手紙とは違う事実に惟佐子は行き当たる。
まず槇岡中尉は女性の興味がないということは、惟佐子は数々の男性経験から気付いていた。
また槇岡中尉は惟秀と恋人同士であることも知っていた。





一方で惟秀は、惟佐子と同様に性に奔放で、特に惟秀は男女のこだわりもなかった。
なので、寿子とも関係を持っており、寿子を妊娠させたのも惟秀だったのだ。





惟秀の奔放さの背景にスピリチャルなところが入るのだが、自分は純粋な日本人で特別な人間という想いがあった(ちょっと読み飛ばしたりしたので、理解が正確でないかも…)
逆にそれが故に寿子と結婚できないと考えており、つまり、今の天皇は純粋な日本人ではないからクーデーターを起こそうとしてたので、それに巻き込みたくないと考えていたのだ。





こうして、惟秀と槇岡中尉は2・26事件に参画したのだが、槇岡中尉は惟秀を撃って自殺、惟秀は重症を負う、というので終わる。










最後の最後は、蔵原と千代子が結婚するかも…というめでたい雰囲気になって終わるのだけれども…





いや、ちょっと待って。
こんなに厚い本で、最後の終わり方はこれで本当にいいのか!?となってしまった…
惟佐子がかなり魔性の女で、しかも超越したようなキャラクターなので、その兄である惟秀もそんな感じというのは分かるけれども、突然出てきた上にスピリチャル的で、なんか追い付かないうちに終った、って感じだった。





私の理解がよくないのがいけないのかもしれませんけどね…





とにかく、分厚い本って、それだけでハードルがあがるよなー…と思ったり。










奥泉光『雪の階』2018年、中央公論新社









Category : 小説:近代
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「支渡寺」を観たことあるけど、そんなしんどい演目だとは思わなかった


有吉佐和子 「一の糸」 平成21年 新潮社


文楽をよく観に行っていた時に読もうと思いつつも、借りてみても2ページくらい読んで、気が乗らずに返してしまった本。
再チャレンジしてみたら…めちゃくちゃ面白かった!!!
これぞ一気読み、という感じで、寝る間を惜しんで読んだ。

物語の設定としては、ちょっとだけ朝井まかての「恋歌」に似てるかな、と思ったけれども、まぁ似ているのは主人公がお嬢様というところと、母強し、というところか。

有吉佐和子といえば、「連舞」「乱舞」と続けざまに読んで、その時も相当面白くて一気読みしてしまったけれども、読むのに勢いがついてしまう。
決して好きなキャラクターではないけれども、「それで!?それで!?」と先が気になってしょうがなくなってしまうのだ。

以下、簡単なあらすじ;

Category : 小説:近代
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着物の展覧会で「細雪」について間違った記述があったのが気になった

谷崎潤一郎 「細雪 下」 昭和31年 角川文庫


「細雪」もついに最終巻。
夢中で読んだが、これほどラストに唖然とした作品もないだろう、ということ唖然とした。

最後まで雪子のお見合いの話に徹するのだが、
本書では3回くらいお見合いしている。
そして最後は結婚にこぎつくのだが、肝心な結婚後の話もなく終わってしまう。
勝手に雪子の心配をしてしまった身としては、結婚後のことが心配でならない。
しかも、戦争の気配を感じて終わるので、この華やかな人たちはどうなってしまうのだろう、と
不安な気持ちで終わってしまう。
でも唖然としたのはここではない。それはおいおい書くとして…

雪子のことが本気で心配になってしまったのが
本書での2回目のお見合いの時であった(本書の前にも何回もお見合いしているが)。

このお見合いの相手は、先妻とは死別して、娘が一人いる
元医者で今は薬屋の役員をしている人。
とても人柄も良い人で、幸子の夫・貞之助まで張り切って、色々と手を焼く。

相手もすっかりその気になって、ある日、雪子に電話して、一緒に出掛けないかと誘う。
しかし雪子は女中からのとりつがれた電話に出たくないと
出掛けたばかりの幸子を追いかけさせ、追い付かなかったと知ると
しぶしぶ電話に出たものの、その誘いを断ってしまう。
電話に出たくないからって!大丈夫!?
お見合いの場でも、雪子はいつも何もしゃべらないので心配はしていたが、
この一件で心配は最高潮に達した。

雪子だけが幸子の悩みの種ではない。
妙子がますます破天荒になってしまう。
妙子は啓坊と切れていなかったのが分かり、鶴子達本家の手前もあり勘当されてしまう。
啓坊も勘当されていて、神戸の方に住んでいたらしい。
その啓坊の家にいる間に、なんと妙子は赤痢にかかってしまう。

本家の手前、全面にサポートはできないが、伝手を頼って入院することになる。
雪子と幸子のところの女中が面倒を見ることになる。
入院するまで、啓坊の家で臥せていたのだが、女中は啓坊の乳母より意外なことを聞く。
なんと、妙子が『自分で買った』と言っていた宝石類・衣装などは
啓坊が買い与えていたというのだ!
啓坊は、そうやって実家からお金をもらっては散財していたので、
かばってくれていた母親が亡くなってから勘当されてしまったというのだ。

乳母は妙子にそれに関して文句を言っているのではなく、
そんなわけで啓坊は妙子に本気なのだから、妙子と結婚してほしいという。

しかし…

雪子の最後のお見合いは東京で行われていた。
というのは、幸子が懇意にしていた美容師が洋行することになり、
その人が最後に東京でいい人がいるから、雪子に会わせてあげたい、
時間がないので、横浜から出航する前に東京でお見合いしないか、と言われたのだった。
この美容師には姉妹たちは世話になったので、妙子も一緒に東京に行く。

その時、妙子は爆弾発言をする。
なんと、妙子は妊娠しているというのだ。
しかも啓坊との子ではなく、バーテンダーの子供だというのだ。
幸子はショックを受けるのだが、読者としてはがつんと言ってやれ!と思うのだが、そうならない…

結婚しないで子供を産むとなると、雪子の縁談にも差しさわりがある。
有馬の方に身をひそめることになる。
しかし子供は生まれる直前まで生きていたはずが、産み落とされた時に死んでしまう。
こうして妙子は、産後、ひっそりとバーテンダー・三好と夫婦になり引っ越す。

最後の最後は雪子の輿入れのシーンである。
将来的には関西に住むことにはなっていたが、相手は東京なので東京で式をあげることになる。
そして最後の文がこんな感じ(意味が分からないので、ちょっと前から引用する);
小槌屋に仕立てを頼んでおいた色直しの衣裳も、同じ日に出来て届けられたが、雪子はそんなものを見ても、これが婚礼の衣裳ではなかったら、と、呟きたくなるのであった。そういえば、昔幸子が貞之助に嫁ぐ時にも、ちっとも楽しそうな様子なんかせず、妹たちに聞かれても、嬉しいことも何ともないと云って、きょうもまた衣えらびに日は暮れぬ嫁ぎゆく身のそぞろ悲しき、という歌を書いて示したことがあったことを、はからずも思い浮かべていたが、下痢はとうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからもまだ続いていた。(p372)
え・・・!?下痢!!!??
こんなきらびやかで華やかな話なのに、最後の最後が下痢の話で終わり!?
その前の妙子の赤痢話で、すっかりそっち方面に興味がいってしまったのかしら…
とりあえず唖然としてしまった。
今まで、これに突っ込んだ人はいないのだろうか?と疑問でしょうがない。
それとも下痢は何かのメタファーなのか…?としても、可憐な雪子に下痢はいくらなんでも…
と下痢を連呼してしまっているが、それくらい衝撃的な終わりであった。

Category : 小説:近代
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隣家のドイツ人一家との交流も素敵

谷崎潤一郎 「細雪 中」 昭和31年 角川文庫


夢中になって読んでいる「細雪」。
通勤電車の中で没頭して読んだ後、
ふと駅のプラットフォームの雑踏に立つと、現実と頭が追い付かないという症状に陥る。

中巻のビッグイベントは、何といっても阪神大水害だと思う。
丁度、大阪へものすごい台風が直撃した後で、
いまだ通勤通路にその跡が残っているくらいなので
多分、他の機会で読んだ場合よりも、ぐっと身近に感じた。

この間の台風では、NHKがしきりに「不要不急の外出は絶対にしないでください」と呼び掛けていたが、
「細雪」の世界では、皆、どんどん外に行って様子を見に行く。
良く考えたら、テレビとかない時代、確かな情報を得るには自分で行かなくてはいけない時代だったと思うと、今のマスコミもえらいもんだなと思った(上から目線ですみません)。
もちろん、この時代も情報は飛び交っているけれども、
それが確かなものか、噂レベルなのかが分からず、逆に余計不安にさせる類の情報というのがよく分かった。

そんな中で、幸子が妙子の安じて、あれこれと思い巡らせているところから
やっと皆が帰ってきたというシーンは、緊迫感が迫真にせまっていて
胸がつまった(長いので引用しないが、76ページ)。

阪神大水害のほかには、幸子・悦子の上京の話もある。
それが、やはり東京は合わない、という関西人あるあるで、この時からそうなんだな、というのがうかがえた。
また、それよりも大きな出来事というのが、妙子の物語である。

妙子は船場の坊、奥畑家の三男坊である啓三郎(啓坊)と駆け落ちしたものの連れ戻されたのだが、
その後も実は、こっそり啓坊に会っていた。
啓坊と結婚の約束もしており、雪子が結婚するまで待つから、
結婚したら、是非とも許してほしい、と啓坊自ら幸子にお願いに来るくらいであった。

が、幸子は貞之助より、啓坊の悪い噂を聞く。
もう純粋な青年ではなくなって、お茶屋やカフェなどで遊んでいるそうなのだ。
幸子は、妙子が人形作りだけでなく、洋裁も習い始めたのは、そういう啓坊と縁を切るつもりだからかと推測し、妙子に聞くが、
それは逆で、啓坊と結婚したらきっと生活に苦労する、だから手に職をつけておきたいのだ、という話であった。

ところが、阪神大水害をきっかけに、妙子は啓坊に愛想をつかし、
身分のずっと下の板倉と恋仲になってしまうのだ。

この板倉というのは、元々、奥畑家に丁稚奉公していた男で、
その後、単身アメリカに渡り、写真家の技術を磨いて帰ってきた者である。
妙子の作品の写真を撮ってくれる人を探している時に、啓坊が紹介してくれたのだった。

それが大水害の際に、妙子は洋裁学校に出かけていたのだが
丁度その地区が大きな水害にあい、死にそうな目にあっていた。
そこを助けてくれたのが板倉という訳だ。

それに対して啓坊は、様子見にも来てくれなかった(妙子が帰って来ていない時に顔を出しただけ)し、
以前から、妙子には言わずに芸者などと良い仲になって、子どもまでできていたのに腹を立てていたのだが、
それが愛想尽かしの決定打となったのだった。

幸子や雪子(幸子が援軍として東京から呼んだ)が、身分違いなのだから、結婚はあきらめろと、
何とかなだめても言うことを聞いてくれない。

ところが、耳の手術をした際に細菌が入ったとかで
板倉はあっさり死んでしまう。

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