Madeline Miller "The Song of Achilles" 2011, Bloomsbury
紀伊国屋のポイントカードを持っているのだが、夏休み期間といってポイントが倍になるキャンペーンが! 洋書は普段の時ですらポイント数が高いので買うなら今だ!とばかりに、適当に買ってみた本書、"The Song of Achilles"。 一応、The Orange Prize 2012の受賞作品ということだったので、面白いだろうとあたりをつけてみたのだが… 本当~~~~~に!面白かった!!!! タイトル通り、ギリシャ時代のアキレウスの話なのだが、面白すぎて仕事に手がつかなくなるくらいだった! それだったらさっさと読んでまえ!ということで夜更かしして読んだら、次の日の喪失感ったら… 結局やる気は復活しなかったのでした。 本当に読み終わってしまってがっかりしてしまうくらい、面白かった…! 主人公はAchillesではなく、その幼馴染であるPatroclusとなる。 というかPatroclusの目線による、Achilles賛歌といった方がいいのか。 物語は、それこそWikipediaに書いてある通りの進行。ただWikipediaに書いていないのは、AchillesとPatroclusが恋人同士だったということ。 こう書くとなんとも陳腐な話に聞こえるけれども、それがそうじゃない。 割と短い話ではあるけれどもストーリーラインが緻密で、情景描写が美しいに尽きる。 美しいといってもお耽美なわけではなく(むしろそんなシーンがない)、ギリシャという古代の時代を生き生きと表現されていて、青い海にオリーブの木、潮の香りがする海風などが眼に浮かぶ。 だからなのか、正直トロイア戦争が始まってしまうとちょっと面白さに影がさす。 やはり少年AchillesとPatroclusが遊びまわったり、Mt.PelionでケンタウロスのChironについて学んでいる時が一番面白かった。 とはいえ、Patroclusが死んでしまったシーンは、さすがに見せ場なだけあって身につまるものがあったが。 とにかく本書は、ギリシャ神話を非常にうまく調理している。 例えば、Achillesには子どもがいたり、トロイア戦争での報償に女の人をもらったりしているところなんて(Patroclusが死んでしまうそもそもの発端は、この報償でもらった女性をめぐってのAgamemnonとの諍いにある)、はてさてPatroclusと恋人同士となるとどうなるのか…?というのが興味がわくところだ。 もうこれが大変上手く出来ていて、Achillesに子どもができたというのは、Achillesの母親ThetisによってScyrosに連れ去られてしまうのだが、その時にPatroclusと離ればなれになってしまう、Patroclusに会わせてあげるからScyrosの姫と関係を持ちなさいとThetisに唆されて、嫌々ながら関係を持ってしまう…というお話になっている。 また、トロイア戦争で女性をもらうというのは、Patroclusの差し金となっている。 子どもの頃のシーンで、Patroclusは奴隷となった女性の哀しげな顔を見るのがいたたまれなかった、というくだりがある。それがここで効いてくるのだが、戦争の報償として連れて来られる女性と、それを取り囲む兵士達の顔を見て、PatroclusはAchillesに女性をもらうように頼みこむのだ。 もちろんAchillesもPatroclusも女性には興味ないので、彼女たちを男どもから守りながら養う、という設定になっている。 こんな風に色々と切り抜けながら(?)、ものすごい深いAchillesとPatroclusの愛の物語(と書くと大変照れるが)が生き生きと描かれるのだが、ストーリーラインは本当に、今まで伝わっているものに忠実のようなのだ(Wikipediaに必ず書いてある)。 解釈の斬新さと肉付けがやっぱり絶品なのだろうな。 例えば、Patroclusの死体を焼くのを拒んで、ずっと手元に置いておくシーンとか; (ちなみにずっとPatroclusの目線で来たのに彼が死んだらどうなるのかな?と思っていたら、心配ご無用。Achillesが荼毘に付すことを許さないものだから魂が現世に残っている、という設定になっている。最終的に荼毘に付しても、Achillesの希望通り、Achillesの骨と混ぜてくれなかったので未練が残って、やっぱり現世に魂が留まっているという設定で、Achilles死後のトロイア戦争が語られる) For the first time my death, he falls into a fitful, trembling sleep. Achilles. I cannot bear to see you grieving. His limbs twitch and shudder. Give us both peace. Burn me, and bury me. I will wait for you among the shades. I will--- But already he is waking. 'Patroclus! Wait! I am here!' He shakes the body beside him. When I do not answer, he weeps again. (p329)
こんな風に一つ一つが短いシーンだけれども、非常に鮮明なので印象にぐっと残る。 この作家の次の作品(なんと本書が処女作!)を読みたいけれども、それと同時に読むのがちょっと怖いかも…と思ってしまった。
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ゴーゴリ、レールモントフ 「新集 世界の文学9 ゴーゴリ レールモントフ」 木村彰一/中村喜和・訳 昭和46年 中央公論社
ロシア旅行準備の一環としての読書。 ゴーゴリの「鼻」と「外套」をお目当てに読んだのだが、どれも面白かった! 今更ながら、ロシアの文学と相性がいい気がしてならない。 まずはゴーゴリから;「検察官」 脚本を読みなれていないせいか、非常に読みにくかった… 誰が誰だかすぐ分からなくなるし。 ストーリーとしては、割とよくあるストーリーラインの喜劇。 ある田舎町の市長の元へ、サンクトペテルブルクより内密に検察官が来るという噂がやってくる。 賄賂とかを普通に取ってしまう市長は真っ青。慌てて、判事や慈善病院監督や学務監督や郵便局長などなどを呼んで、急いで体裁と繕うとする。 すると地主二人(TweetledumとTweetledeeみたいなキャラ)がやって来て、今旅館に泊まっている客が、どうも検察官っぽいと言う。 実はこの旅館に泊まっている青年。確かにサンクトペテルブルクからやってきた官吏だが、まったくもって検察官ではなく。 父親に言われて田舎に帰る途中なのだが、賭け事でお金をすっからかんにしてしまい、だからといって豪奢な生活をやめることなく、宿に居座っているどうしようもない奴なのだ。 そこへ大慌てで市長がやってくる。 青年の方は自分を逮捕に来たのかと思って、わざと尊大な態度を見せる。 それのせいで市長は確信を持ってしまい、青年を丁重にもてなす。 青年はすぐさまそれに乗っかって、サンクトペテルブルクでの自分の地位を誇張して語ったり、お金をさびったり、最終的には市長の娘に結婚を申し込んじゃったりする。 でも賢いのが、下男の言うことを聞いてばれる前にさっさとずらかるところ。 最後の最後に、市長たち一団は、彼は検察官でも何でもないことを知り、本物の検察官の呼びだしを食らう、というところで幕切れとなる。「鼻」 日本の「鼻」と言えば芥川龍之介で、こちらはやたらめったら鼻の高い和尚さんのお話となっている。 それがロシアの本となると、鼻がなくなってしまうお話となる。確実に民族的な鼻の高さの違いが出ているんだろう… 閑話休題。 ある朝、床屋の主人がパンを食べようとすると、中に堅いものが入っていた。なんだろう…と思って出してみると鼻ではないか!!!驚いて、どこかに鼻を捨ててこようと街を徘徊するのだが、ネバ川に万事うまく落とせたと思ったところで警察に見とがめられる。 主人公が変わって、そこそこの身分で人生を謳歌している少佐が、ある朝起きてみると鼻がなくなっていた。 鼻の部分を隠しながら街を探しまわるのだが、なんと自分の鼻が正装して教会に入っていくのを見つける。 後を付けて鼻に話しかけるのだが、鼻は「あなたなんて知らない」と言って歯牙にもかけない。 そこから少佐はなんとかして鼻を取りもどそうと、新聞に広告を出そうとしたり(これは断れる)、警視総監に会おうとしたり(これは間が悪くて追い払われる)するのだがうまくいかず家に帰る。 そこへ警察がやってきて「鼻を落としませんでしたか?」と言うではないか! なんと、床屋の主人が落とした鼻を持ってきてくれたのだった。 ところが喜んだのも束の間。今度は鼻をひっつけることが出来なくて悪戦苦闘。 医者にも匙を投げられる。 社交界ではこの話で持ちきりになって、鼻が出現するといってはあちこちで人だかりができるくらい。 結局はある朝起きてみたら、鼻が普通に戻っていて万事めでたしめでたしで終わる。「外套」 この話が一番好きだった。暗いけれども。 風采のあがらない役人が主人公。 清書するのが唯一の仕事で、道楽も持たないまま、結婚もせずに、もくもくと清書をしている。 貧乏で服にも頓着しないのだから、外套も他の人に“上っ張り”と呼ばれるくらいペラペラ。 外套に穴が空いてしまったので、仕立屋へ繕いに出そうとするのだが、もうつぎはぎもできないと言われる。 もう新しい外套を買うしかないと… 最初はしぶしぶだったが、なんとかお金をかき集めることができて、仕立てる算段がつくとわくわくしてくる。 やっと外套が出来た時の歓びといったら! これを着て役所に着くと、皆が驚いて、この新しい外套のためにお祝をしよう!と言う。 それを断っていたが、係長補佐が「是非自分の家にお茶を飲みに来なさい」と言ったので、その晩、また外套を着て出掛ける。 こんなことが初めての彼は所在なさげにいたのだが、皆がカルタなどに興じている中、先に帰ることにする。 そこに悲劇が訪れる。 なんと追い剥ぎにあってしまうのだ。 突然男たちがやってきて、外套を取り上げて行ってしまったのだ! 絶望にかられて出勤した彼に同僚は「有力者に会うといいよと助言を与える(警察はあてないならないらしい…)。 勧められるまま“有力者”に会いに行くのだが、タイミングが非常に悪く、“有力者”の昔の知り合いがちょうど訪ねて来ていたところで、この有力者はその知り合いの前で見栄を張りたいばかりに、彼をこき下ろす。 絶望にかられた彼は、そのまま寝込んでしまい、ついには死んでしまう。 そして幽霊となって、人々の外套を奪い取るのだった。「狂人日記」 タイトル通り、日記調のお話。 主人公は、やっぱりぱっとしない役人。局長の鵞ペンを削っている、というのが誇りのよう。 この局長の娘に恋をしている…といっても40歳…。 そんな時にスペインの国王が亡くなって、後継者がいないというニュースを聞く。 そして突然、自分こそが後継者なのだ、すぐにスペインから使いが来るに違いない!と思い至る。 このままずっとこの妄想のまま話が終わる。 多分最後には精神病院に入れられるのだが、それでもスペイン国王だと思っており、病院の人たちをスペインからの使者だと思っている。 さて次はレールモントフの「現代の英雄」。 そこそこ面白い話だったけれども、なんで“英雄”なのかさっぱり分からなかった。 最初の語り手はチフリスから赴任先へ旅をしている。 そこで旅の道連れとして、この地方での任務の長い大尉に出会う。 大尉からチェチニアにいた頃の話を聞くのだが、それは主に、一緒にいた青年の話だった。 土着の女性に恋をしてしまった青年は、かなりあくどい手を使って彼女を、半ば誘拐の形で連れてくる。 最初は心を許していなかった彼女だが、次第に愛し合うようになる。 すると掌を返したように、彼女への興味をなくしてしまった青年。 彼女のことを娘のように可愛がっていた大尉は青年をなじるのだが、女性に対して興味が湧かないんです…的なことを言われる。 遂に彼女は、青年の恋敵に誘拐されかけ、剣で突き刺されてしまい亡くなる。 そんな話を聞いた後に、偶然、この青年との一行に出会う。 大尉は非常に喜ぶのだが、青年は冷淡に迎える。 失望した大尉は、語り手に頼まれるままに、青年が残していった手記を語り手に渡すのだった。 そんな由縁で手に入れた手記を、この青年が亡くなったという訃報を聞いたのをきっかけに公開する、という態をなしている。 その内容はというと、まっっっっったくもって、なんで彼が“英雄”か分からない。 ただの女の敵。 ある温泉の出る療養地で戦友に出会う。 戦友が恋しているのは公爵令嬢。 それを知って面白がるってところで、彼の性格の悪さが非常に出ている。 うまく立ち回って公爵令嬢の心を勝ち取る。 そればかりか、ペテルブルクにいた時の恋人(こちらは夫がいる)と再会し、こちらともそんな関係を続ける。 更にひどいのが、公爵令嬢が彼に「私のことを好き?」と聞いた時には、手玉に取ったのは興味本位だけで本当は好きでもなんでもないです、的なことを言う! 一方、戦友とその他の人びとは、彼のことが気に入らない。 決闘を申し込んで、空砲を使ってからかってやろう、という話になる。 しかしそれを偶然聞いてしまった、悪運の強い彼。 何も知らない振りをして決闘を申し込み、空砲だと今気づいた、とばかりに弾をつめさせ、その戦友を撃ち殺すのだった。 そんなところで唐突に終わる。 なんじゃこりゃー!?って感じ。 こういう無気力男子みたいなのって、こんな時代からいたのね…というのが分かっただけよかったというのか。 まぁ物語自体は面白かったけれども、これが“英雄”っていうのがまったく解せなかった。