草山万兎「ドエクル探検隊」
何かのきっかけで河合隼雄氏について調べることがあり、そのご兄弟が全員すごいことを知り、その内のお一人、つい最近亡くなった雅雄氏がすごいことは知っていたものの、改めてWikipediaで調べたら更にすごいことを知った。
なんと、94歳にして長編の児童文学を書いたというのだ!
ということで、さっそく読んでみた。
確かにすごい分厚い!!!
そして話はというと…ちょっととっかかりは「うーん…」という感じだったけれども、読み始めると結構面白かった。
ドリトル先生みたいに動物と喋れる、というのが前提で、色んな動物たちと一緒に冒険する物語なのだが、その動物たちの描写がさすが学者先生。全然妥協がない。
これ読んでるだけで、動物の知識が得られるって感じ。
が…ちょっと何歳を対象にしているんだろう…という疑問も出てきた。
全体的にちょっと単語が難しいな、という感じだったけれども、中盤に差し掛かり、この文章を読んだ時には、え~~~となった。
ひとりひとりが個性を発揮して、よくやってくれた。その能力を一束に凝集して強力なエネルギーを産みだすこと、つまり足し算ではなくて掛け算の力にすることだ。いや、無限の力を創出するには、累乗でいくことか。つまり、それぞれの力をa、b、cであらわせば、aのb乗、すなわちab、その数をZとすれば、Zのc乗、Zcという計算をしていくことだ。
p384
一応大人だけれども、完全なる文系の自分はさっぱり分からなかったです。。。
あとは設定の盛り込み具合がすごくて、すぐ本題を見失ってしまう気も…
登場人物(動物)たちの過去話も豊富で、それでいてキャラクター設定の深堀があまり成されていないから、ちょっと取ってつけたような感じもしてしまう。
とはいえ、これらの感想は「児童書」という観点から言えば、ということなので、河合雅雄氏が94歳で書かれた本と考えると、”すごい”の一言に尽きる。
長編を書かれた胆力と、割と細かいところまでこだわった神経(3人のところを、動物も含めるので”3にん”と平仮名にしてたり)と、伝えたいことが世界観として表れているという表現力と。本当に”すごい”。
以下、簡単なあらすじ
時は1935(昭和10)年。竜二とさゆりは小学校を卒業し、竜二は親戚のもとへ奉公に、さゆりは女工として働きに出ることになっていた。
ある日、それぞれ別の道に行く前に、二人で釣りをしていると、二人が仲良くしている”風おじさん”から招待状が届く。卒業のお祝いをしてくれるというのだ。
八咫烏のタケツノや、聖徳太子の愛馬の子孫という黒駒に連れられてやってきた風おじさんの家。
そこは、同じく聖徳太子の愛犬の子孫という雪丸をはじめとした、様々な動物たちが住む家だった。
風おじさんは動物語が喋れるだけではなく、そこに住む動物たちも人間の言葉が喋れる動物ばかり。
楽しいひとときを過ごした二人は、かねてから勉強の道に進みたいというのもあったので、風おじさんに弟子にしてくれるよう頼みこむ。
おじさんの方も二人の聡明さにもったいないと思っていたので受け入れ、そこから竜二とさゆりは動物語の勉強などを始めるのだった。
1年経って1周年記念のお祝いをしている時、風おじさんがアンデス山脈から届いた便りについて語る。
なんでも昔漂浪している際に助けた、ズグロキンメフクロウのズグロからの手紙だというのだ。
ズグロは存在の知られていないナスカ帝国で重要な任務を負っている鳥。
ある時、ママコーナという役割の女性と黒いジャガーの陰謀を知ってしまう。ふたりを殺害しようとしたが傷を負わせただけで逃げられてしまい、ふたりを追っているうちにふらふらになって、子供たちに捕らえられたところを風おじさんが助けたのだった。
そのズグロからびっくりすることを聞かされる。なんと更新世時代に生息していたドエディクルスがナスカ王国にいると言うのだ。
ドエディクルスを含めて、当時、北米と中南米に巨大な哺乳類が生息していた。しかし何らかの理由で絶滅してしまう。いまだに絶滅理由が分からないので、風おじさんはどのドエディクルスに聞けば分かるのでないかと思い、是非、会わせてほしいと、ズグロと別れた後もお願いしていたのだ。
そのズグロから手紙が来て、しかも危険もにおわせた内容だったので、さっそく皆で探検隊を組んでアンデス山脈へと旅立つ。
マッコウクジラにひいてもらって海を渡り、南米にやってくる。
ズグロの行方を追い、ラマなどに乗って旅する一行。森までやってくる。
黒い森という一角があり、そこは妖術師がいるとのこと。どうやらそこにママコーナがいるようだった。
そんなおり、さゆりがアナコンダによって誘拐されてしまう。
さゆりを誘拐したのはやはりママコーナで、そこにズグロがいた。
ママコーナたちはナスカ王国を乗っ取ろうとしているのだが、ズグロしか知らない情報が必要で、さゆりを拷問することでズグロの口を割らせようとしたのだ。
しかし、強靭な精神でさゆりは拷問を耐え、ズグロも口を割らない。
そうこうしている内に、森の賢者に知恵をもらった風おじさん率いる一行がやってくる。
対アナコンダとしてスカンクを連れてきて、最終的には仲間のイタチ・ゴッペの最後っ屁によってアナコンダは敗れる。
ママコーナの妖術対決では、雪丸が勝ち、ママコーナの捕獲に成功する。
ママコーナとさゆり・ズグロの交換だということで、滝に向かうが、さゆり・ズグロは滝に落とされ、それを追ってママコーナと黒ジャガーも滝に落ちる。
が、それを見越した仲間のカワウソ・ホラジが、現地のオオカワウソと話をつけており、さゆりとズグロは助かる。反対にママコーナと黒ジャガーを川に沈めることに成功するのだ。
こうして、ナスカ王国の敵であったママコーナたちをやっつけた一行。
秘密の王国であるナスカに、受け入れてもらえることになる。
そこは本当に秘密の場所で、ズグロの案内で一行はナスカ王国に入れたのだった。
争いのない平和な王国であるナスカ。
インカ帝国のようになっては困るということで、王からは、あまりナスカ王国について話せない、と言われる。しかし、ドエディクルスのラウラをは思う存分に話して良いということだった。
やっと対面した一行。
ラウラは大分高齢だったが、巨大哺乳類が絶滅してしまった理由を聞くと、話をしてくれることになる。
いわく、大干ばつが起き、動物たちはどんどん死んでいった。
特に草食動物は食べるものがないのでやせ衰えていく。
ドエディクルスも草食なので、ラウラも危機に瀕しているはずなのだが、その前に穴に落とされたことがあり、死にそうなところをシロアリを食べてみて生き延びた、という経験があったので、シロアリを食べて元気になっている。
因みにシロアリは、枯れた草を食べるらしく、大干ばつの際にもたくさんいたのだ。
他の草食動物は、ある偶然をきっかけに、次々と肉食動物化してしまう。お互いに食べ合い、どんどん動物の姿が消えていく。
それはそれは凄惨な状態で、ラウラはその光景を見たくないと地中にもぐりこみ、冬眠をして今にいたったということなのだ。
すべての物語を聞き終えた一行は、日本に帰ることになる。
最後に風おじさんの勧めで、コンドルが引き上げてくれる籠に乗って、ナスカの地上絵を見る二人。
と、突然、最初の原っぱにいることに気付く。
あれは夢だったのか!?と思ったら、確かに雪丸からもらった勾玉がある。
そして風おじさんからの手紙も。二人に、それぞれの道を歩んでから、また風おじさんの仲間に加わっては?と書いてあった。
二人は晴れ晴れとした気持ちで、それぞれの家に帰っていくのであった。
って、ええええーーーーなんで!?なんで突然、現実の世界に戻ってしまうの!?(この冒険も現実だったようだけれども…)。なんかちょっと腑に落ちなかった…
夢落ちに近い感じだな。。。
ちなみに、ラウラの話は大分はしょったけれども、実際はめちゃくちゃ長い。
それはそれで面白かったけれどもね。
大干ばつの話は、割とリアリティがあって辛いものがあった。動物が肉食動物化する、というのも妙な説得力もあったし。
ということで、ところどころ突っ込みどころがあったけれども、動物の生態とかがすごいリアリティがあるので、物語の印象はしっかりしたものだった。
他に動物記も書かれていたということだったので、読んでみたいなと思った。
草山万兎「ドエクル探検隊」 2018年 福音館書店
今村夏子「むらさきのスカートの女」
本屋さんで見かけて面白そうな本だな、と思って、「読みたい本」リストに入れつつも手を付けていなかった本書。
美容院に行った時に本を読んでいると、アシスタントの子が本好きと見て、「『むらさきのスカートの女』面白いですよ!」と勧めてきたので、2回くらい読まずに美容院に行ってから、ようやっと読んだ。
うーーーーーーーーーーーーーーん…面白いかな…
普段、エンターテイメント系の本を読むことが多いせいか、あんまりしっくり来なかったよ…
ふーん…これが芥川賞受賞作なのか…私の理解力足りないせいか、何が良かったのかがよく分からず…
簡単にあらすじを言うと。
「わたし」の語りで物語が進む本書。
”むらさきのスカートの女”と呼ばれる、いつもむらさきのスカートを穿いている女性がいた。
ちょっと謎な人物で、毎週クリームパンを買って、いつも同じベンチに座っている。
びっくりするくらい人をよけて歩くのが得意。
不定期で仕事を転々としているみたい。
と、「わたし」の観察が続く。
友達になりたいみたいだが、ちょっと異常な雰囲気を感じる。
というのが、彼女にぶつかってみようとして肉屋のショーケースに激突してしまったり、彼女に仕事をあっせんしようと、アルバイトの雑誌をベンチに置いておいたり、髪の毛洗っていないみたいだから、と、試供品のシャンプーを商店街で配って彼女に渡そうとしたり、でも結局渡せずシャンプーを彼女のドアにひっかけておいたり…
遂には、自分の職場であるホテルの清掃員のアルバイトに導くしまつ。
なので、全然「むらさきのスカートの女」は変な感じがせず、とりあえず「わたし」の異様な観察を延々と読まされている感じ。
まさにストーカー。
それでいて、「むらさきのスカートの女」とあまり接点がないみたいだし、そもそも「わたし」の存在感があまりないみたい。
(なので、最後まで”本当は「わたし」は存在してないっていうオチ!?”と疑いを持ってしまった)
そうこうしているうちに「むらさきのスカートの女」は所長と愛人関係になる。
はじめは「むらさきのスカートの女」をかっていた先輩たちも(皆女性)、愛人疑惑を持つようになってくると、彼女を排除するような動きになってくる。
そんななか、備品が盗まれ、バザーで売られていることをホテルのマネージャーが知り、犯人捜しになった際に、まっさきに彼女が疑われる。
愛人である所長も疑い、彼女のアパートに問いただしにいった際、もめたあげく、所長が二階から落ちてしまう。
当然のように「わたし」はいて、所長が死んでいると判断した「わたし」は、「むらさきのスカートの女」にお金や、自分の荷物がしまってあるロッカーの鍵を渡し、逃げるよう促す。
自分もあとから落ち合うつもりだったのに、まずロッカーに行くと自分の荷物すべてが取られており(本当は一部のつもりだった)、落ち合う先だったはずのホテルにもいなかった。
「むらさきのスカートの女」は姿を消してしまったのだ。
結局、所長は生きており、職場の人と所長のお見舞いに行く。
皆が席を外したタイミングで、お金がすっからかんなので、と所長にお金の無心をするのだった。
最後は、「むらさきのスカートの女」の定位置となっていたベンチで、「むらさきのスカートの女」を待とうと、クリームパンを食べるところで終わる。
とりあえず、「わたし」が不可解すぎて(それがこの本の特徴なんだろうけど)、彼女のキャラクターをつかもうとしている内に話が終っちゃったという感じ。
友達になりたくて、ストーカーのような異常な行動に出ている割には、友達にはなれないわ、むしろ彼女のためにお金はすっからかんになって、家を追い出され漫喫生活って、え…いったい何がしたかったの‥‥‥‥と狐につままれた感じ。
前述通り、「わたし」は実際には存在しないのか!?とか、「わたし」は黄色いカーディガンを着ているらしいから、補色の関係だから仲良くなれないの?とまで妙にうがった見方までしてしまったけれども、それほどにどうリアクションをとったら良いのか分からない本だった。
今度、美容院に行った時になんて言おう…
今村夏子「むらさきのスカートの女」2019年 朝日新聞出版
志駕晃「スマホを落としただけなのに」
今更感があるけれども、本書「スマホを落としただけなのに」、すっっっごく面白かったーーー!!!
久しぶりに一気読みしてしまった。しかも日曜日の夜に。
月曜日の朝早いからと思って、いったん置いたけれども、月曜日の朝、早起きして仕事しようとしたのにこれを読んでしまった…
ぐいぐいと読ませる展開に、文章も合わせて読みやすい。
よくよく考えると、”はて…”と思うことや、”結局…”と思うこともあって、プロット的に弱いところもあったのだけれども、読んでいる時はそんなの気にならないくらい、ガ――――っと読めた。
いや~久しぶりに、がっつりエンターテインメントな本読めて楽しかったー
以下、すっごいネタバレ含むあらすじです。
百田尚樹「今こそ、韓国に謝ろう そして、「さらば」と言おう」
図書館をぶらついていたら、目に飛び込んできたこのタイトル。
百田さんが「韓国に謝ろう」!?右寄りの方だと思っていたけど…
と思ってよく見たら「そして、「さらば」と言おう」…!
何これ斬新。
と思って借りて来てみた。
日韓併合でいかに日本がひどいことをしたのかが、韓国の主張しているところだけれども、
恥ずかしながら、その「ひどいこと」の内容をそこまでよく知らなかったし、
でも台湾の日本人好きさに、本当に韓国人が怒り狂うくらいひどいことをしていたのかな…という淡い疑問を持つくらいだったので
非常に分かりやすく、読みやすい本書は勉強になった。
というか、分かりやすい通り越して、めっちゃ毒のあるユーモアに笑いが出るくらい。
この微妙な日韓関係を、こんなにも毒を持った笑いで語るとは、ある意味すごいよという、尊敬なのか何なのか、分からない気持ちが…とりあえずすごい。
各章のタイトルをあげると
- 朝鮮半島を踏みにじって、ごめん
- 国民皆教育という悪夢
- 自然の破壊
- 農業を歪めた
- 産業形態を歪めてしまった
- 【付記】併合前の朝鮮
- 伝統文化を破壊して、ごめん
- 身分制度の破壊
- 【付記1】両班の実態
- 【付記2】朝鮮の奴隷制度
- 刑罰の破壊
- シバシの禁止
- 乳出しチョゴリの禁止
- 嘗糞の禁止
- 【付記3】朝鮮の民間療法
- 「七奪」の勘違い
- 「主権を奪った」という勘違い
- 「王を奪った」という勘違い
- 「人命を奪った」という勘違い
- 「言葉を奪った」という勘違い
- 「名前を奪った」という勘違い
- 「土地を奪った」という勘違い
- 「資源を奪った」という勘違い
- 【付記】朝鮮人労働者の強制連行について
- ウリジナルの不思議
- 「日本文化のルーツは韓国だ」という錯覚
- 現代勧告の剽窃文化
- 韓国の整形ブームの原因は日本ではないか
- 日本は朝鮮人に何も教えなかった
- 世界を驚かせた大事故
- 国際スポーツ大会での恥ずかしさ
- 法概念を教えなかった罪
- 【付記】旭日旗の謎
- 慰安婦問題
- 慰安婦の強制はなかった
- 【付記1】吉田清治について
- 【付記2】妓生について
- 韓国人はなぜ日本に内政干渉するのか
- 異様な内政干渉
基本的なスタンスは、”日本は日韓併合によって、当時ひどい状態だった韓国をよくしようと、学校を建てたり、農地改革をしたり、法整備をしたりと色々したけれども、そしてその結果、韓国人の平均寿命が二倍近く伸びても、それはすべて日本人が「よかれ」と思ったおせっかいで、ごめんね”という最大な皮肉を込めたもの。
ちなみに「伝統文化」と言っているのが、割と気持ち悪いのもあり、「本当にこんなことあったの!?」というにわかに信じがたい内容が多かった。
慰安婦問題は、朝日新聞が諸悪の根源ということは知っていたけれども、吉田氏自体が正体不明な人ということを知らなかったので勉強にはなった。
というか、朝日新聞が何をしたいのかがいまいち理解できないし、日本人が戦っているのもいまいち分からない。
そもそも本当に強制連行があったら、韓国人が40年も黙っているとは思えないし…
もちろん、ここに書かれていることがすべてが本当と鵜呑みにして信じてはいけないと思う。
でも、韓国人が何に怒っているのか、そしてその内容は真実なのか、それを学ぶ第一歩にはなったと思う。
因みに少なくとも戦後においても、何度も韓国には約束を反故にされているので、それに対しては韓国に、というよりも、学ばない日本の官僚に腹立つけれど…
あと、韓国人レベルでいい人もいると信じているし、大学時代に知り合った韓国人もいい人がすごく多かったけれども、どんなにいい人でも日本への恨みを持っていることを知って(親友レベルに仲良かった韓国人に「ここで謝れ」と言われた友人あり)驚愕した経験を持つ身としては、本当に国レベルで仲良くするのは今後も無理なんじゃないかな…と思っている。
悲しい事実ではあるけれども、喧嘩別れではなくて、すーっとフェードアウトできないかな…うざい人からそっと身を引く、みたいな。
念のため断っておくと、個人的に韓国が「嫌い」という感情はなく、
日本が好きな韓国人もwelcomeだし、差別する気持ちもないです。
というところで、この本の話は終わろうと思う。
百田尚樹「今こそ、韓国に謝ろう そして、「さらば」と言おう」 2019年 飛鳥新社
乾石智子「赤銅の魔女」
「オーリエラントの魔導師たち」の「紐結びの魔道師」の続きにあたるような話。
どうやら三部作の第1作目らしいので、これだけでは面白いかどうかは判断がつかないけれども、今の時点は面白かった。
正直なところ、作者はあまり女性が好きじゃないのかしら…というくらい、割と好きになれない女性ばかり出てくるのがこのシリーズの特徴(?)なんだけれども、本書もその例に洩れず。
タイトルの”赤銅(あかがね)の魔女”にあたる女性が、なんか好きになれず……
だからといって読みたくなくなるほどのものではないから、いいんだけど。
とりあえず、ざっとあらすじを。
イスリル軍が攻めてきたことにより、紐結びの魔道師エンスは、祐筆のリコ、元剣闘士で仲間のマーセンサスと逃亡の旅に出る。
途中で、突然飛んできた光の玉をつかんだ途端、一緒につかんでしまった卵から蜥蜴が孵り、蜥蜴がその玉を飲み込む、というハプニングが起きる。その蜥蜴が言葉をしゃべり、それに導かれて旅を続ける。
エンスとは別のもう1人の主人公となるのが、トゥーラというオルン村の星読みの女の子。
目的のためには人殺しも厭わない。
トゥーラは星読みの結果、”覇者の剣”を抜く時期が来たことを知る。
”覇者の剣”はトゥーラが便宜上つけただけなのだが、オルン村の村長の息子、ナフェサスに抜かせようとする。
その剣は、いわゆる「王様の剣」みたいに、普通の人では抜けない剣で、ずっと抜く人いないまま今まで来ていた、という代物。
トゥーラの案内で、ナフェサスは手下を引き連れて、その剣の元へ行く。
しかしナフェサスはまったく抜くことができず、なんと、手下の一人、ユーストゥスが蹴躓いてこけた拍子に抜けてしまう。
ナフェサスが襲い掛かってくるのを、剣を持って逃げるユーストゥス。
一方、エンス一行は、旅の途中で立ち寄った村で、ウィダチスの魔女、エイリャに牛に変えられてしまった男に出会う。
エズキウムに住むエイリャに魔法を解いてもらうしかないと言うと、途中まで連れて行ってくれというようについてくる。こうして牛が仲間に加わって旅が続く。
そして壊滅した町へ着くと、そこでナフェサスとトゥーラから逃げていたユーストゥスに出会う。
ユーストゥスも仲間に加わると、トゥーラと魔物に襲われるが、ユーストゥスの抜いた剣で撃退する。
こうして蜥蜴の導きで、拝月教の元軌師エミラーダに出会う。蜥蜴(という光の玉)はエンスを連れてくるように使わしたものだったのだ。
拝月教で未来視したときに、近く大きな動きがあり、それにエンスが大きく関係すると言うのだ。
その時にトゥーラがまた襲い掛かってくる。
が、逆にトゥーラを捕えるのに成功して、色々と事情を聴くことになる。
そうすると剣は<解呪の剣>で、トゥーラの目的はその剣を使って、オルン村に1500年ほど前に、自国の女王に殺された魔女たちを解放する、ということが分かる。
トゥーラが仲間になり、また途中でエイリャにも出会う。エイリャの所蔵する本を見せてほしいとトゥーラはお願いするが、エイリャは人を入れたくない言い、牛をフクロウに変えて自分の家から本を持ってくるように言いつける。
そしてまた皆で相談した結果、<解呪の剣>と<レドの結び目>と、まだ出てきていない緑の宝石の組み合わせで色々な呪いがとけるのであれば、それを確かめに行くべき、ということになる。
剣を抜いた所へ戻ることになるので、ユーストゥスはナフェサスを恐れていたのだが、予想通りナフェサスがいた。
しかも、元コンスル帝国の軍人ライディネスを引き連れて。
ライディネスは一国をたてようとしている男だったのだが、それを知らず浅はかなナフェサスは甘言にのってしまったのだ。結局ライディネスに殺されてしまう。
一行がオルン村に行こうとするところで、本書は終わる。
エンスがトゥーラに惹かれている感じなんだけれども、上で言った通り、トゥーラがあんまり好きじゃないので「なんでー!?」って感じ。。。
それにしても、エンスとリコが知り合ったきっかけが気になる…リコがすごくいい味出してるおじいちゃんなので、なくてはならない存在なんだけれども、なんでエンスが親身になって世話しているのかが気になる。
さて忘れないうちに、次の本を読まなくては!
乾石智子「赤銅の魔女 紐結びの魔導師I」 2018年